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#3

美濃焼に携わる職人の想い

当社の工場でもある杉浦製陶所と金新製陶所の職人たちに美濃焼の魅力と製品作りにかける想いについて語ってもらいました。

杉浦製陶所

杉浦製陶所

今年で80歳とのことでしたが、杉浦製陶所に勤めたのはおいくつの頃ですか?

徳村:16歳の頃から勤めています。

16歳の頃から職人さんを続けていらっしゃるとはすごいですね。幼い頃から美濃焼に触れていたのでしょうか?

徳村:続けているというよりも、目の前の仕事をコツコツこなしていたらあっという間でしたね(笑)。
昔は多治見にも陶磁器の工場がたくさんあったんです。子どものころから多治見に住んでいましたから、職人さんもいっぱいいて、窯焼きでしたり、石炭を運んだり、美濃焼の製品を作っている工場を手伝うというのがあたりまえでした。急須などの鋳込みを内職したりもしていましたね。
花瓶やお茶碗などの陶芸品も作っていましたが、杉浦製陶所に勤めだしてからは、タイルがメインになりました。定年までは工場長もしていたので、なんでも聞いてください。

美濃焼の職人を目指したきっかけなどをお聞きしたいです

徳村:目指したという意識はなく自然とやっていたというか、強いていうなら杉浦製陶所に入社したことがきっかけですね。私にとってはやはり、意識をしないほど美濃焼を作ることがあたりまえで、生活の一部だったのだと思います。

子どもの頃から美濃焼に触れていて、徳村さんにとって美濃焼は生活の一部だったのですね。

徳村:そうですね。あとは16歳のころ、杉浦製陶所に入ってから先々代の杉浦鎌次郎さんにお世話になりました。すごく良い方で、杉浦鎌次郎さんから色んなことを教わったおかげで、考え方も大きく変わりました。

素敵な方ですね!美濃焼だけでなく、人生の先輩として大きく影響を与えてくださったのですね。

徳村:そうです。本当に優しい方でしたね。杉浦製陶所にタイルのオートメーション化を導入したのも先々代の杉浦鎌次郎さんでした。杉浦鎌次郎さんがいたからこそ、今の私がいます。

他の焼き物と比べ、美濃焼の魅力はどういったところにありますか?

徳村:それがむずかしくて、美濃焼は美濃で作られた陶磁器の総称を呼ぶので、決まった色があるわけでも、土が決まっているわけでもないんです。
特徴がないのが特徴だともいえてしまいます。ですが、決まった型というものがないからこそ、モダンなタイルだったり生活に馴染みやすい雑貨など、自由な表現で美濃焼は発展できたのだと思います。

美濃焼は多治見市以外でも作られていますが、多治見市で作る美濃焼のこだわりはありますか?

徳村:やっぱりタイルの存在は大きいですね。
多治見市は日本有数のタイルの産地で、国内生産の8割は多治見市といわれています。建材に使われているタイルのほとんどは多治見市で作られているため、あまり知られていないだけで美濃焼のタイルは私たちの生活にとって身近な存在なんです。

徳村さんが入社した時からタイルは作られていましたか?

徳村:いいえ、私が16歳のころはまだありませんでした。そのころは花瓶やお茶碗など、いわゆる焼き物というか、陶芸品の生産がメインで、まさかタイルがここまで生産されるようになるとは思っていませんでしたね。

徳村さんは主にどういった業務をおこなっていらっしゃいますか?

徳村:現在は、時計や豆皿などの雑貨を作っています。以前はタイル製品の担当もしていました。タイル製品はプレス、施釉、焼成、選別という4つの工程があります。
タイルの場合は粉をプレスして固めますが、雑貨の場合はプレストではなく、土岐の工場で生地の成形をし、施釉、焼成、選別という工程にはいります。
その中でも私は、雑貨の施釉と焼成を担当しております。施釉というのは、まだ色がついていない成形された生地に、釉薬を使って色を乗せる作業です。タイルの施釉は機械でやっていますが、私が担当する雑貨の施釉は全て手作業で行っています。
焼成というのは、セラミック製品を窯で焼くことです。
私は、施釉したものを窯に入れるまでの作業を担当しています。

施釉は手作業で行われているとのことですが、なぜ手作業で行われているのでしょうか?

徳村:機械化できるならしたいところですが(笑)そういうわけにもいかないんです。タイルの場合だと、表面だけ釉薬を塗ればいいので機械でもできますが、豆皿や時計などの雑貨の場合は立体ですよね。側面の部分にも釉薬を塗らなければならないので、やはり機械だとむずかしいんです。側面と表側では釉薬の量も調節しています。
豆皿だと、皿になる部分にはしっかり釉薬をのせて発色をよくさせるのに対して、側面はほんのり色をのせたり、やはりほんの少しの加減があるので、機械ではむずかしいですね。

実際に作業風景を見させていただきました。スプレーガンで施釉しているのはなぜですか?

徳村:施釉の方法はさまざまありますが、陶芸作家さんはバケツに釉薬を入れて形成された生地を潜らせる方法で施釉することが多いです。ですが、その場合だと裏面にも色がついてしまいます。今ここで作っている豆皿は、裏側に色はつけないので、スプレーガンで上から釉薬をのせるのが適しています。
それに先ほどお話ししたように、側面と皿になる部分の表側では釉薬の量が同じではないことや均一に釉薬をのせる必要があることから、スプレーガンで施釉する方法がいちばん綺麗に仕上がります。

施釉の作業風景を拝見させていただきましたが、色の変化はほとんど見られませんでした。施釉の工程ではどのように判断されていますか?

徳村:そうなんです。色は焼くと浮かび上がりますが、焼くまでは確認できないので、グラムで測って釉薬の量を決めているんです。足元にあるフットコントローラーを踏むと、製品を乗せた台が回転します。だいたい一回転するまでスプレーで釉薬を乗せたら、一度グラムを測って、そのあとは加減を見ながら、さらに釉薬を乗せていきます。

その加減というのが、まさに職人の技なのですね。釉薬には何かこだわりはありますか?

徳村:釉薬は届いたものを使いますが、すぐに成分が分離してしまうので、施釉に入る前に攪拌することが大切です。あとはこちらで少し濃度を変えています。
粘り気が強すぎても、スプレーからうまく噴射されませんし、あとは釜の状態や季節によっても釉薬の濃度を変えています。でもその色合いも焼いてみないとわからない。大きさも焼成後はだいたい10%くらい縮みますね。

窯の状態によって濃度を変えているとは、熟練の感覚が必要ですね。製品はどのように焼成されるのでしょうか?

徳村:トンネル窯で焼きます。トンネル窯は名前の通りトンネル状の長い形の窯で、レールの上に製品を積んで、ゆっくりと進みます。だいたい1日かけて焼かれ、温度は調節されますが、最大1270度にもなるんですよ。

焼成で気をつけているところはありますか?

徳村:窯の温度が強すぎるとタイルの色は黄色く色褪せたようになってしまいます。製品の生産数量によって釜の温度を変えなくてはならないので、焼成に関しても全てを自動化するのはむずかしいんです。職人が見て、焼き加減を調節しています。

完成品の豆皿は、色のグラデーションがとても綺麗ですね。

徳村:ありがとうございます。施釉したあと時間と共に釉薬が下に溜まるので、豆皿の高いところは色が薄く、低いところは色が濃くなり、綺麗なグラデーションができるんです。
ですが満遍なく釉薬をのせるからこそ、どこから見ても均一なグラデーションが浮かび上がります。

ご自身の担当されている工程で最もむずかしいところを教えてください。

徳村:手作業で均一になるように施釉するのはやはりコツがいります。
作家さんが作るような陶芸作品は、ひとつひとつ色合いが異なっていても味になりますが、杉浦製陶所で作っているのはあくまで製品なので、製品のクオリティーは一定に保たれていなければなりません。手作業で均一に釉薬をのせるのは、結構むずかしいことなんです。
あとは、小さなピアスの施釉もおこなっていますので、たくさん並べて施釉したりします。ピアスは細々としているので、綺麗に並べるのが大変ですね。
違う色の釉薬を使う時は、その度にスプレーガンを洗わなければならないのと、釉薬の濃度を調節したり攪拌する必要があるので、それも手間がかかります。

徳村さんが使用していらっしゃる施釉機は、フットコントローラーで台が回転したり、集塵機がついていたり、職人さんにとっての使いやすさを追求したように見受けられますが、何かこだわりがありますか?

徳村:実はこのハンド施釉機は私の手作りなんです。雑貨がどんどん売れるようになってから効率的に生産するために作りました。自社の鉄工所があるので、そこの廃材を利用して作りました。フットコントローラーで台を回転させながら施釉しますが、ゆっくり回転すると釉薬がかかりすぎてしまうので、回転速度もフットコントローラーで調節しながら施釉しています。細かい調節が感覚的にできるので便利です。他にも窯や製品を運ぶトロッコの修理もしています。
ちなみに私の家には水車があるのですが、それも全て手作りなんですよ。

どういったところにやりがいを感じますか?

徳村:やりがいはたくさんありますが、製品をたくさん作ることそのものにやりがいを感じています。10個よりも100個を作りたいです。たくさん作れば、全国の方に届けられますし、色んな方に使っていただきたいと思いながら、心をこめて作っています。

1日にそれほど多くの製品を手作業で作っていらっしゃるとなると、かなりの集中力が必要ですよね。

徳村:そうですね。釉薬は満遍なくかけなければならないのですが、先ほどお見せした施釉する製品を乗せる台の回転数で、どのくらい塗ったかを頭で数えながら施釉しているので、ぼうっとしていると何回回転したのか忘れてしまいます(笑)
ですから、そういったことが起きないように、集中しながら手作業で施釉しています。

タイル会社で、なぜ雑貨を作ることになったのですか?

徳村:美濃焼自体は多治見以外でも作られていますし、杉浦製陶所以外の工場もあります。美濃焼というと花瓶やお茶碗などが一般的ですが、他社がすでに作っているものではなく、タイル会社でしか作れない製品を作るために、時計やピアスなどの雑貨を作るようになりました。

徳村さんの作っている美濃焼雑貨の魅力を教えてください。

徳村:美濃焼の雑貨はカラフルでありながら、原料は鉱石を使っています。
プラスチックとは違って色が褪せてしまうことはないし、劣化にも強いです。
現代はプラスチックの製品が溢れていますが、プラスチックには出せない色味や質感、風合いが魅力です。

今後、どのような方に美濃焼を知ってもらいたいですか?

徳村:より多くの方に知っていただけたらと思いますが、特に若い方に知っていただきたいですね。美濃焼というと渋いイメージがあるかもしれませんが、美濃焼はタイル製品から作家さんが作るような陶芸作品まで、種類の幅が広いんです。
現代の生活に馴染むような美濃焼の製品もたくさんあるので、ぜひ多くの方に美濃焼の魅力を知っていただきたいと考えております。

金新製陶所

金新製陶所

お二人はご夫婦で金新製陶所を営んでおられるとのことですが、創業からの歴史を教えてください

秀樹:金新製陶所は1949年に創業し、「ガバ鋳込み」という技法で代々製造しております。祖父から始まり、私は三代目です。それぞれ夫婦で経営をしていました。妻に嫁いできてもらってからは夫婦で窯元を営んでいます。

お二人は幼い頃から土岐で美濃焼に触れてきたのでしょうか?

秀樹:私は子供の頃から土岐で育ちました。金新製陶所も祖父の代からずっと見ていたものなので、美濃焼は身近な存在でしたね。

亜矢:私は名古屋で育ったので、嫁ぐまでは美濃焼を全く知りませんでした。焼き物との関わりといえば、小学生の頃の野外学習で焼き物体験をしたくらいです(笑)。

全く違う環境でお育ちになったお二人の馴れ初めをお聞かせください。

秀樹:二人ともバイクが好きで、ツーリングのイベントがきっかけで知り合いました。陶芸教室で知り合ったとか地元の友人だったというわけではないんです。

亜矢:この辺は焼き物の工場が多いのですが、陶芸や土岐とは関係のないところから嫁いできてもらって、夫婦で美濃焼を作っているという人たちも多いですね。

どういったところに惹かれあいましたか?

秀樹:優しいところです。

亜矢:明るくて元気なところですね。

秀樹さんは、幼い頃から窯業に触れてきたとのことでしたが、やはり大人になったらご両親の窯元を継ぐというイメージがあったのでしょうか。

秀樹:いえ、最初から窯元を継ぐようにと育てられたわけではありませんでした。ですが、父の背中をずっと見ていましたし、土岐という土地自体が窯業の街なので、自然と職人の道を選びました。作っているときはやっぱり楽しいので、これほどやりがいのある仕事はないと思います。

亜矢さんは、嫁ぐまでほとんど窯業に触れてこなかったとのことですが、ご夫婦で窯元を営んでいくまでの心境や経緯をお聞かせください。

亜矢:私は嫁ぐまでは保育園で調理師をしていたんです。結婚をするときに主人に「調理師を続けるか窯元を手伝うか、どっちがいい?」ときいたら「窯元を手伝ってほしい」といわれたので、窯業の世界に飛び込みました。最初はわからないこともたくさんありましたが、やっていくうちに作る楽しさを知っていきました。

亜矢さんの今かけていらっしゃるエプロン、とても素敵ですね!「くろちゃん」と書いてあるのはなぜですか?

亜矢:このエプロンは保育園で働いていたときの同僚が結婚祝いに作ってくれたんです。「苗字が変わったことにまだ慣れないから」といって、旧姓のあだ名でアップリケをつけてくれました。心がこもっているものなので、結婚祝いにいただいてから毎日仕事のときにつけています。

美濃焼と他の焼き物の違いについて教えてください

秀樹:一般的に焼き物は土地の名前がつきます。有田で焼かれたものは有田焼、萬古で焼かれたものは萬古焼です。萬古焼の特徴は、萬古や信楽では耐熱性の高い土が取れるから土鍋が多く作られるようになり、有田焼は白い土が取れるから、その上に繊細な上絵をつけて発展したのが有田焼です。焼き物にはそれぞれの土地柄、特徴があるのですが、美濃焼はありとあらゆるものが作れてしまうので、逆に他の焼き物のような強い特徴はないんです。
しかし、なんでも揃っているのが美濃焼の特徴ともいえます。美濃焼は世界中に流通しているので、皆さんも知らず知らずのうちに美濃焼に触れているのではないかと思います。

美濃焼はなぜここまで発展したのでしょうか?

秀樹:美濃の土地では、様々な種類の土が取れたのでたくさんの職人さんや工場が集まってきました。現在の焼き物の工程はほとんど分業なんです。生地屋さん、土屋さん、釉薬屋さん、焼き物を売る商社さんなどがあって、工程が分かれているんです。中にはコップのとっての部分を作るとって屋さんもあるんですよ。工程が分かれていると、みんなでその土地に集まって作った方がメリットが多いですよね。そんなふうに集まっていくうちに、美濃の土地では取れない土も流通するようになって、益々美濃焼は発展していきました。

焼き物を作っていらっしゃる職人さんは、焼き物を見るとどこのものかわかりますか?

秀樹:絶対に裏は見ますね。なんとなくでも必ず裏は見ます。やっぱり焼き物を見るとどこが作っているのかなとか気になるので、裏印を見るのは業界あるあるだと思いますよ。

亜矢:私はまだまだ勉強中ですが、詳しい方は一目見ただけで何焼かわかるそうです。他の焼き物と比べて強い特徴がない美濃焼でも、詳しい方が見るとすぐに美濃焼だとわかるそうですよ。私たちは、どこかに出かけるときや食事に行く時も、裏印といって、器の裏に押してある窯元の印を見るのが癖ですね。

あらためて金新製陶所で作られる美濃焼の工程をお教えください

秀樹:主に花瓶を「ガバ鋳込み」という製法で製作しています。金新製陶所は小さな窯元なので、分業して作られる工場とは異なり、土から形になるまでを一貫して製作しています。水と粘土を攪拌して泥漿を作り、泥漿を石膏型に流し込んで、型から外し、素焼きし、釉薬を塗って本焼をします。

分業ではなく、一から作っているのはどういった理由があるのでしょうか?

秀樹:ガバ鋳込みでは、花瓶や徳利など中が空洞になっている「袋もの」と呼ばれるものを作るのですが、それが中々むずかしいというか、時間と手間がかかるので、作れるところがあまりないんです。

亜矢:泥漿も土に対しての水分量や、気温や湿度によっても微調整をしなければならないんです。型に何分流し込むかによって厚みが変わったり、寒い時期だと「切れる」と私たちはいうのですが、生地が割れてしまうこともあるので、大量生産は厳しいのが現状です。
ですがその分、金新製陶所の製品は手間暇をかけて作られているので、手作りならではの温かみがあります。

秀樹:効率は悪いです。工場のようにたくさんは作れませんし、夫婦二人でやっているので、同時並行で行える作業も多くはありません。小さな窯元で、全部を自分たちでやっているからこそ、こだわれる部分が多いので、やりたいようにできるのが強みです。

気温や湿度によって割合が異なるとのことですが、それは何かで測ったりしてわかるものなのでしょうか?

秀樹:完全に感覚ですね。長年やっていく中で身につきます。中々それを数値化するのはむずかしいところです。

ガバ鋳込みを作れるところは少ないんですね。

秀樹:仕事は楽しいんですけれどね。大変な部分は多いですし、実際自分の息子に継いで欲しいとは言いません。

亜矢:ガバ鋳込みという製法をやっていらっしゃる方々も、どんどん高齢化が進んでいて、後継がいなくて辞めていかれる方も多くいるのが現状です。ガバ鋳込みという製法自体が今は貴重ですね。私たちは業界ではまだまだ若手な方なんです。

どういったところに楽しさを感じますか?

秀樹:わかりやすいところです。作りたいものを作って、形になったものを気に入って買ってくださる方がいるというのが、何より嬉しいことですね。

亜矢:窯を開けるときです。うまく焼けたかな?と考えながらワクワクして開けるので、窯を開ける瞬間はいつも楽しいですね。

むずかしいところや大変なところを教えてください。

秀樹:釉薬もちょっとの加減で色が変わってしまったりするので、窯を開けてからわかることも多いんです。土にしてもガスにしても、限りある資源を使っているという意識が常にあるので、完成してから失敗に気づくと、資源に申し訳ないなと思います。

亜矢:夏は暑いし冬は寒いし、気温を変えるわけにもいかないので、その点はなかなか過酷ですね。夏は熱中症になりそうなくらいです。

どういったことに心をくばって製作をしていらっしゃいますか?

秀樹:花瓶は毎日たくさん作っていますが、商社さんに卸しているので、どんな方にどう使われているのかはわからないんです。たまに陶器イベントなどで直接販売をすることがあると、実際に生の声が聞けて嬉しいですし、勉強になりますね。ここはもっとこうした方がいいんじゃないかとか、使っていただく方の声は貴重です。

亜矢:一つは丁寧に作るということです。私たちにとっては何百個、何千個の一個でも手元に届く方にとってはたったの一個だと思うので、素敵だと思っていただいたり、可愛がってもらえたらいいなと思いながら製作をしています。

今後、金新製陶所をどのようにしていきたいですか?

亜矢:今日お話をするまでは、私たちが引退するときに子どもたちが継がないといったら、それでいいと思っていましたが、ガバ鋳込みという製法自体が特殊で、やり手も少ないので、この伝統は誰かに伝えていった方が良いのではないかと気がつきました。
金新製陶所だけでなく、業界全体として発展し、陶芸をやる方が増えてほしいと願っています。

秀樹:そうだね。良いことをいいますね(笑)

土岐市で作る美濃焼のこだわりについてお聞かせください

秀樹:美濃焼の中でも土岐市は特に窯の数が多くて、陶磁器生産量日本一の街だと言われています。釉薬屋さん、型屋さんなど、これだけ窯業の工場やお店が揃っているのは一大産地ならではですね。だからこそ、陶芸家を目指している方は、土岐市に来たらなんでも揃うので製作がしやすい環境だと思います。

亜矢:土岐でというと括りが大きすぎてむずかしいですが、町内ではそれぞれ特徴があります。どんぶりが盛んな地域があったり、下石町では徳利が多く作られる町なので、「とっくりとっくん」というゆるキャラが街角にいたりします。土岐市でというとむずかしいですが、それぞれの町の特徴を生かして美濃焼が発展できたらいいなと思います。

地域全体として作りやすい土地なんですね

秀樹:そうですね。小学校には窯があったり、授業で陶芸をしたりします。子どもたちは自然と土を触って成長する環境にあるので、美濃焼に関して他の地域の子たちよりも詳しいと思います。

亜矢:子どもの作品展が秋にあるのですが、作家さんと見間違うくらいのクオリティーのものを作っている子もいるんですよ。陶芸が好きな子が、これからも続けられるような環境を地域で作っていきたいです。

これからもお二人で金新製陶所を営んでいきたいですか?

秀樹:そうですね。しばらくは夫婦ふたりで続けていけたらいいなと考えています。

お二人で製作する良さを教えてください。

秀樹:気を遣わないで、好きなものが作れることですかね(笑)

亜矢:夫婦なので次のやることがわかるというか、私も一日の流れが段々わかってきたので、朝職場にいけば今日はこれをやるんだなとか、わかるようになってきましたね。

日々のやりがいを教えてください。

秀樹:自分次第なところですね。やってもやらなくても自分次第なところが、むしろ自分を奮い立たせてくれるところだと思います。

亜矢:そこは本当に尊敬できるところですね。私はサラリーマンの娘として育って、嫁ぐまでは調理師として、人に雇われている立場でしか過ごして来なかったので、この仕事は自分で決めて自分で動かなければならないですし、自分を律して動けることがすごいなと思います。

秀樹:妻は人あたりの良さがいいところだなって思います。

お二人はとても仲が良いですが、休日は一緒におでかけをしたりしますか?

秀樹:今は子どもがまだ小さいので、二人でというよりは子ども中心で、家族で出かけますね。

亜矢:子どもの手が離れたら、二人でまたバイクでどこかに出かけられたらいいなと思っています。

秀樹:できたらいいよね。

亜矢:よし、頑張ろう!

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